2019年04月14日

まともがゆれる

『まともがゆれる』この本は京都でNPO法人スウィングを運営されている木ノ戸昌幸さんが書かれている。スウィングは、いわゆる障害をもっているとされる人たちの就労支援といったことをしているのであるが、この本を読み進めるうちに、“障害者とはなにか、“健常者とはなにか”、“働くとはなにか”といったことを根本的に考え直さなければならないんじゃないかと思い始める。

“ ・・・テレビを点ければ一度の失敗を犯してしまった人への大バッシングが執拗に報じられている。問題をこれでもかと拡大し、問答無用の正義によって、問答無用の悪を、問答無用に押し潰さんとする光景には、「自分も失敗するかもしれない」という想像力の欠如というより、「失敗すること」に対する過大な恐れが満ち満ちているように見える。いずれにせよ、そこにあるのは人間という不完全な器の度量をはるかに超えた、「失敗はゆるされない」という誇大妄想であり、大いなる勘違いである
・・・違う。人間はちゃんと、失敗するようにできている。
「ケツの穴の小ささ」とは、他者に対する、ひいては自分自身に対する不寛容さと言い換えることはできまいか。スマホの充電ごときで(この話の発端が、利用者の一人が施設でスマホの充電をしたことを他の人たちがとがめたことに端をはっしている)誰かが死ぬわけではないし、誰かの一度や二度の失敗が、世界を破滅させたりもしないだろう。安易に振りかざすケツの穴の小さい正義や正論は、結果的には自分自身の首を絞めてゆくことになる。誰かに対して禁じたことは自分自身にとっても禁じ手となり、その反対に誰かに対して投げかけたOKは、きっと自分自身のなにかを赦し、少し呼吸をしやすくさせてくれる・・・”

読み始めたら一気に読んでしまった。スウィングの利用者はつわものだらけ。いわゆる“常識”で対応していたら、とてもやりきれないところ、スウィングのスタッフはいわゆる常識と常識の彼岸を行き来することで、彼らを尊重しながら共に歩んでいこうとしている。スウィング(ゆれる)という意味合いはなかなか深い。上記の引用は20くらいある章のたまたま開いた章の一節だが、どの章をとっても深い。面白い(章のタイトルが “朝からはじめる「ギリギリアウトを狙う」こと” とか “親の年金を使ってキャバクラ” とか “ケツの穴を太陽に” とか)。 著者自身がこの仕事をやるに至った経緯のところも、身につまされる思いがする。

私自身はといえば、仕事においてはミスタープラグマティスト。日々スタッフ一人一人の労働生産性が気になってしょうがないタチだ。一方で、そういった雰囲気に辟易している自分がいることも十分認識している。このアンビバレントをどう処理していくかということだが、安易な“常識者面“だけはするまいというのが今の精一杯か。

posted by 五人坊主 at 21:17| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

生きるように働く

この『生きるように働く』の著者ナカムラケンタ氏は、日本仕事百貨という求人サイトを運営されながら、リトルトーキョーというミニ複合施設(仕事バー、シェアスペース、イベント企画)や映画の自主上映を誰もができるようにするプラットフォームpopcornを運営するなど多方面で活躍されている方。

本書は、著者が上記のような仕事をするなかで出会った、各方面で活躍されている方々とのやり取りや、その方々の仕事に対する姿勢などを通して“働き方”ー“生き方”の一つのありようを浮き上がらせていくように書かれている。昨今「働き方改革」、「ワークライフバランス」という言葉が良く使われている。仕事時間・残業時間を少なくし、生活時間を確保するという趣旨で言われていることがおおいように感じる。生産性向上と過労死対策からそのようなことが言われているということが背景にあると思う。

一方で、働く、仕事をする、ということと、生活する、生きるということと一概に切り離して考えられないことも多々あるはず。クリエイティブな仕事においては、何時間やろうが成果ゼロのこともあれば、数時間で大きな成果につながる仕事をできることもあるだろうし、仕事することが楽しいということ、その人にとっての生きがいになっているということもあるはず。「働き方改革」とか「ワークラフバランス」とかいう議論のなかでは汲みとれない、しかし大事なこともあるのではないかということは私も日々感じるところではある。

“まずやってみる。そしてラジオのつまみを調整するようにいい音がするところを探っていく。そういう仕事は楽しい。なぜならチューニングのヒントはいろんなところに落ちているから。休みのときに出会うこともあるし、別の仕事でみつけることもある。新しいアイデアが思いついたら、すぐに試してみたくなる。仕事をしているときも、そうでないときも、自分の時間であるという感覚。誰かに強制されたわけではないから、労働しているという感じもしない”

本書を読んでいて興味深かったのは、上記のような昨今の生産性向上・働き方改革の議論では汲みとれない有り様を浮き上がらせている点と、もう一つ、その汲みとれない有り様のなかに働き方の先進性が表れてるように感じられることにある。

著者が運営する日本仕事百貨という求人サイト。求人事業などすでに大手がしっかりやっていて、入り込む余地などあるのだろうかと普通は考えてしまうが・・・

ぼくは「日本仕事百貨」という求人サイトを運営している。
職場を訪ねてインタビューし、それを求人の記事にまとめる。大切にしているのが、仕事のあるがままを伝えること。このサイトを通して、たくさんの生き方に出会ってきた。なぜこの仕事をはじめたのか、今はどんな仕事をしているのか、これからどうしていきたいのか。職場を訪ねて、仕事のいいところも大変なところも引き出していく。
そうやって取材していると、一本の木を眺めているような気分になる。取材で聞いた言葉の一つひとつが、木に生えている葉っぱのように見えてくる。 たくさんの言葉はばらばらのようでいて、生き方の根底にある何かへとつながっている。葉が枝につき、枝は幹から伸び、幹が根っこへと通じているように。すべての葉っぱを届けることはできないから、このひとつの根っこを届けようと思って求人の記事を書いている。”
求人というと、募集要項がメインとなることが多い。もちろん、福利厚生や給料だって、大切なこと。けれどそれだってひとつの枝葉に過ぎないんじゃないか。それよりも根っこに共感できるか。こちらのほうが大切なんじゃないか。この根っこさえぶれていなければ、きっと納得して働くことができると思う”

“このインターネット時代、競争は激しい。とくに人材業界は規模も大きいから、いわゆるレッドオーシャンだった。レッドオーシャンとは市場にたくさんの競合が参入している状態。対して、まだ誰も参入していないものをブルーオーシャンと呼ぶ。でもそんなブルーオーシャンも、オーシャンと呼ぶくらい広大な市場であれば、あとから巨大な資本をもったライバルたちが現れるのは時間の問題。
それならどうしたらいいか。じっくりと自分たちの仕事を育てていくには、砂漠のなかのオアシスのようなささやかな市場を目指せばいい。これをぼくらはブルーオアシスと呼んでいる。オアシスのようにとてもささやかなもの。しかも砂漠を延々と歩いていかないとたどり着けない。競合もほとんど現れないから、じっくりと育てることができる。日本仕事百貨のやり方も、人が取材して文章を書いていくような「職人芸」なので、仕組みだけをコピーしてもまねできないものだった。時間がかかるものだし、マニュアルだけで仕事を進めていくこともできないし、テクノロジーの進化がなかなか追いつけない領域。”


本書で紹介されている方々がやられている仕事は、ほぼ著者自身がやられている仕事同様にブルーオアシス的なものであるといえる。
私が携わっている農業分野においては、昨今農協の株式会社化、市場法の改正などで業界の枠組みが大きく変わってきている、変わらざるを得なくなってきている局面にあるといえる。一方で、新しい動きはずっとまえから現れてきているともいえる。ブルーオアシス的な“農”の有り様は今後より重要になってくるんだろうなと思う。
posted by 五人坊主 at 05:22| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年09月06日

外国人が熱狂するクールな田舎の作り方

『外国人が熱狂するクールな田舎の作り方』は、飛騨古川地区でSATOYAMA EXPERIENCEを運営する山田拓氏が書かれた本。

外資系企業のコンサルタントとして海外で仕事をこなし、その後世界を500日以上かけて旅している(現在の奥さんとともに)。
海外に出ることで逆に日本の良さを認識し、海外の旅行から帰って後飛騨古川へ移住。

行政の観光アドバイザーとして仕事をするなかから、地元でガイドツアーをやることに。
出発は“飛騨高山サイクリング”として、自転車のガイドツアーを始める。
その後「暮らしを旅する」というコンセプトのもと、ガイドツアーをサイクリング形態に限らずに展開し、“SATOYAMA EXPERIENCE”と名称を改め、他業種や行政と連携して地域の観光、地域の振興に寄与していっている経過が書かれている。彼が主催しているガイドツアーは、世界中の旅行者から高評価を得ており、行政からも数々の表彰をうけるまでになっている。
著者はもともとコンサルタント業としてそれなりのキャリアを積んでいること、英語に堪能であることという自分の強みを生かしており、SATOYAMA EXPERIENCEは日本におけるインバウンドツーリズムの先駆け的取り組みとなっていっている。

読後しばらくしてから、ポイントとなる点をいくつか思い出してみる。

“地域に資するツーリズムとはなにか” 

著者はSATOYAMA EXPERIENCEの活動をするにあたって、常に“地域に資するツーリズムとはなにか”を意識して取り組んできたことがわかる。地域に資するツーリズムとはなにか、それは4つのhappyが生まれることにあるとしている。
“ 一つ目は「ゲストのhappy」。私たちのビジネスは、ツアー運営を通じて対価を頂くプロフェッショナルサービスです。対価を頂く方々のhappyは、言うまでもなく最も大切な要素です。私たちが介在しないと触れることが出来ないであろう思い出深い経験を提供することで、旅人のhappyを生み出しました。
“ 二つ目は、「地元企業のhappy」です。SATOYAMA EXPERIENCEのような遊びの選択肢が増えれば、地域内の滞在時間が増え、自社のみならず地域内の多くの事業者にも顧客が誘導されます ―”
“三つめは「ひだびとのhppy」。ツアーの途中でお相手頂ける方々など、一般住民です。「今日はどこの国のヒトやな?」「ワシらは、居ながらにして海外旅行できるで、エエなぁ」などといった言葉を返してくれる方が少なからずいらっしゃいます。私たちは、皆さんのご厚意に相当助けられているのですが、逆にこうやって仰って頂けるのはとても嬉しいことです。「この伝統的な生活を守るのはご苦労も多く大変でしょうが、素晴らしいですね」と敬意を表してくださるツアーゲストも多くいらっしゃいます。その地に住む価値の再認識になっているのではないかと思います”
“さいごは「ワカモノのhappy」です。これは、他でもない私たち自身を指しています。「仕事がないから実家に戻れない」「移住したくても仕事が……」。これは何十年も前から聞かれる言葉ですが、逆に言うと「やりがいのある仕事があれば地方部でのライフスタイルも成立する」のです―
“私たちは、「観光」というフレームにおいては忘れられがちな「住民のhappy」と「地元企業のhappy」に特に力を入れてきました。渡地たちの「暮らしを旅する」というコンセプトは、資源となる「飛騨の暮らし」が維持されない限り、事業自体が成立しなくなります。「飛騨の暮らし」が維持されるためには、飛騨の原風景とその暮らしの価値を住民と再認識する活動と、観光産業での稼ぎを最大化し、一人の旅行者になるべく多くの地域内事業者の顧客になってもらい、地域内でお使い頂くおカネの量を増やすことの二つが重要になってきます―”


“企業的手法を地域経営へ”

DMO(Destination Management/Marketing Organization =地域経営組織)という言葉が本書にでてくる。私はこれまで知らなかったが、地域振興において最近つかわれている用語のよう。『熱海の軌跡』でも、地域振興はビジネスとして成り立つ事業でなければならないということを著者市来さんが強調していたとおり、行政にお金があったころ、行政主導でいろいろができたころとは近年は事情が大きく変わってきている。
DMO的な考え方の一例として、著者は地方の「移住・定住促進事業」を、企業の人事部機能としてとらえるべきだと書いている。
“ 一般的に、企業の人事部は採用部門と教育・研修部門によって構成されています。採用部門は、組織内の人材ニーズを把握してから採用活動に移ります。また、入社タイミングで不足するスキルや知識があれば、教育・研修部門が育成を担当して現場に配置していきます。この基本プロセスを移住・定住政策にも当てはめようというアプローチで、都市部人材との接点を創る活動と共に、人材を求めている企業とのネットワークの構築や、移住関連イベントへの地域の企業の参画を促す動きを平行して進めています。また、移住検討者や受け皿となる企業や地域コミュニティの意識改革といった教育・啓蒙事業も併せて行うことにより、まだまだ極めて成功率の低い移住・定住の成功確率向上につなげようとしています―”
種々のイベントや体験ツアーで “移住に興味を持ってもらったとして、その先の地には魅力的な仕事がない、仕事がそもそもない、仕事情報が集約されていないという状態では、なかなか実際の移住にはつながりませんー”


“観光からツーリズムへ“

インバウンドツーリズムの第一人者として、著者は観光庁からの依頼で「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」の「観光戦略実行推進タスクフォース」の会議で意見を述べている。その時に彼が述べたことは2点。
“一つは「観光」から「ツーリズム」へ遷移させる必要がある、というポイントです。いわゆる「観光」は、高度経済成長期に日本社会でスタンダードになったスタイルです。日帰りか1泊2日か長くて2泊3日程度の旅行。宿泊形態は一泊2食付きで、宿泊施設の外へ出ることは限定的。個人旅行よりも団体旅行がメイン。”
“一方「ツーリズム」は、世界中の多種多様な旅行スタイルに合わせた多種多様なサービスを提供するスタイルを指します。525日間、世界の28ヶ国を旅した旅人視点でみれば、私たちの訪問先で提供されていたサービスの選択肢は、宿泊、飲食、アクティビティ、移動などいずれのカテゴリでも、日本国内に存在する選択肢を圧倒的に凌駕していましたー”
“つまり、「観光」から「ツーリズム」への変遷は、世界標準のツーリズム産業の幅広い選択肢を、この日本で提供できるプラットフォームを構築することを意味します ―“


“地域に求められる本当のDMO”

DMOを実際に実のあるものとするためにどうすればよいのか。
“シンプルに、一般的なマーケティングを推進できる機能を構築し、その活動をすすめるだけの話です。アメリカ・マーケティング協会が定義する「マーケティング」は、「顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである」としています。「一連の制度であり、プロセスである」はずなのですが、現状のDMOは誘客やPRなど、断片的な要素のみに注力しているように感じられてなりません“
“人材面をみても、現存のDMOの大半において、本来必要なマーケティング分野の能力や知識を持った人材が調達されておらず、既存の構成員の再配置にとどまっています“
“(現状からの)脱却)の処方箋。それは、意思決定者自身がマネジメントとマーケティングの理解を深めることです。外部から人材が来てくれればいいですが、人材の外部調達は地方部にとっていろいろな面でハードルが高い。だとしたら、自分たちで勉強し、少しずつでも機能を構築していくより他ありません。”


“地方を創生させたければ「やり続けよ」“

“私自身が行き着いた、形ある成果がなかなか出ない根幹の理由は、「今の豊かさ」ということです。- 現在の日本では、今の世代のことだけでなく数世代先までのことを考えなければ、「危機感」という概念を持ちにくい。支援慣れした地方部を作ってしまった社会構造と、その環境にながらく身を置いた人々が今は豊かに生きられていること。これこそが、SATOYAMA EXPERIENCEのような事業が地方部からなかなか生まれてこない根幹の理由ではないでしょうか。”
“ここでのポイントは「やり続ければ」にあります。-地方部の人口減少は非常に長い時間軸で進んだものですから、地方創生を実現するためにも、それなりの時間や継続した努力を想定しておかねばなりません。国の予算がついたから基本計画を策定しよう、移住・定住政策をチトやってみよう、海外にプロモーションにいってみようというような場当たり的な対応では、全くもって不十分ということです。自分たちの地域の現状に鑑み、地域の将来像を夢とともに描き、その夢の実現に向かって愚直に努力する。これを地域全体で進められるか否かが鍵となると思います。”

“では”、「やり続ける」ために、何が必要か“

“-必要なのは、私たち一人ひとりの意志にあると信じます。自分たちが豊かな毎日を過ごしたいと思う意志、構造的な課題を解決させるために自らが動こうとする意志、日本らしさを形作る有形・無形の価値を継承しようという意志、自分たちの世代以降もその地が「住んでよし、訪れてよし」を維持し続けてほしいと願う意志、こういった意志の総和を必要なサイズで持ち得る地域、国家になっていけば、地方創生は現実のものとなっていくでしょう。”


posted by 五人坊主 at 05:05| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする