1つ目については、化学肥料や農薬を大量に使用するようなモノカルチャーを続けていると、土は有機物、土壌微生物に乏しいやせた土になり、土は固くしまる、保水性や保肥力がなくなる、肥料が流亡する、作物は健康に育たず病気や虫が発生し農薬が必要となる、より多くの肥料や農薬がつかわれることでさらに生物に乏しいやせた土になっていく。一方で、有機物を施用したり、畑の表面を植物や有機物で覆ったりすることによって、さらに耕起をできるだけしないことによって、土中の有機物が増える、土が柔らかくなり保水力が増す、土壌の栄養分を可溶化して作物が吸収できるようにする微生物が増える、作物の養分吸収を助ける共生菌が増える、作物がより多くの栄養分をバランスよく吸収することで健康に育つ、健康に育った作物の収穫物は主要栄養分にくわえて微量要素やファイトケミカルが豊富になる。微量要素やファイトケミカルは、人の健康、免疫や老化防止に役立つものが多い。
2つ目については、集約的な肥育施設で、トウモロコシや大豆メインのハイカロリー配合飼料を主に食べている家畜においては、それぞれの家畜本来の食餌から摂取するべき栄養バランスとはかけ離れており、したがって不健康な状態になるものが多く、抗生物質が大量に使われ、搾乳牛や採卵鶏においては寿命が短くなる。一方で、自然放牧された家畜、新鮮な草木を食べて育った家畜は、健康状態に優れ、薬は少なくて済み、畜産物は栄養価の高いものになる。特に、新鮮な草木を食べて育った家畜においては、人の健康を維持するうえで必須の油脂がバランスよく含まれている。配合飼料で育てられた家畜から得られる肉、卵、乳などの製品においては、微量要素やファイトケミカル(抗酸化物質など)が乏しく、油脂のバランスがよろしくない、免疫反応において炎症を誘発する不飽和脂肪酸オメガ6が多く、炎症を抑制する不飽和脂肪酸オメガ3などの含有量が著しく少なくなる、これは穀類主体の配合飼料はオメガ6が多く含まれているのに対して、新鮮な草にはオメガ3が多く含まれていて、畜産物に含まれる油脂バランスは飼料中の油脂バランスがそのまま反映される。
3つ目としては、野菜や穀物といった農産物、肉、卵、乳といった畜産物、それらの育てられ方の違いによる栄養価の違いが人の健康にどう影響するのか、といったことが述べられている。主要な栄養素以外の微量要素、ファイトケミカル、油脂成分の違いによる影響などに主にフォーカスすることで、育てられ方の違いによる差が明らかにされている。タイトルにもなっている「脂」については特に詳しく書かれていて、近代農業における畜産物においては、免疫反応において炎症を誘発するオメガ6の割合が炎症を抑制するオメガ3に対して圧倒的に多く、そのことが自己免疫疾患(アトピー、アレルギーなどのようなもの)、糖尿病、肥満などの要因になっている一方で、神経系、精神系の疾患とも関連していることなどが取り上げられている。
土壌微生物について、また植物と菌との共生についての様々な研究の進展、自然環境問題、食料供給などにおける持続可能性と農業との関連についての諸課題への認識の深化、食事と人の健康についての栄養学的な研究の深化、など、個々の分野においては研究が進展して認識が日々深化していっているなかで、それらの課題に対して、土の健康状態-農畜産物の状態ー人の健康および自然環境の状態をより総合的にとらえて対応を判断し、やるべきこと、土の健康を取り戻す、農畜産物の健康を取り戻す、ということをやっていくべきだ、本書の趣旨はそういうことだといえる。簡潔にまとめるといろいろと語弊のある所もあるかもしれないが、この手の本にありがちな短絡的な決定論にならないように、多角的な視点を用いながら慎重な表現がされているのが感じられる。
この本にでてくるような環境再生型農業、リジェネラティブ農業、といった趣旨の論説、本をよく目にするようになってきた、人の健康と自然環境の持続性を考慮したやり方が農業、農における一つのトレンドとなってきているのかなと。もう一方のトレンドといえば、「環境制御型農業」、経済的な資本力のある経営体による自然環境に左右されずに安定的に生産可能な工業的な農業だろうと。いずれも並走する形でこの先進展していくんだろうなと。うちでやっている農業、農は前者の方向性なのだが、理想と現実にはまだ相当な開きがあるなと。この本で紹介されているカリフォルニアあたりの耕種農家の取組などは大変興味深いが、そのようなやり方を実際にうちで取り組んでいくとなると越えなければならない技術的な課題がたくさんあるなと。
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