2024年05月21日

100年後

100年前の農・農業のありようは、具体的に想像できるわけではないが、親の親の話や資料などからある程度は想像できる。本格的な消費社会が到来する以前の、自給自足的な在りようがより一般的であったはず。労力は人、牛、馬などで、機械と呼べるものはほとんどなかったはず。労働生産性?そんな概念はなかったはず。100年後の農・農業は? 今の延長で想像するとすれば、植物工場、もしくは環境制御型の施設園芸が主流となり、動物性たんぱく質も細胞培養や昆虫などAI・ロボットで飼育を管理できるものが主流になっているかもしれない。それはもはや「農業」というより食物を生産する工業に近いといえる。一方で、野菜を育てる、土に触れる、四季を感じる、体を使った技能、五感で感じる、アクティビティ、という方面での農的なものは、それはそれとして残っているかもしれない。工業的な農業においては、環境はほぼ完全に制御され、不確定な要素は排除されるはず。一方で「農」の方はといえば、ほぼ制御不可能な要素の凝集といえそう。「農」的なもので経営をしていく、というのは、本来的に矛盾が多い、内田何某さんがいっているのとはまた違った意味で農業(農)を株式会社化するのは無理だといえなくもない、

” ー かのように伝えてる嘘に
きっと気づかず
与えられてる嘘に
きっと気づかずか ”
(agre you asshole 「100年後」)

アルバム「100年後」、「100年後」のほか、「夜の船」「素敵な予感」など、一見(一聴)派手さはないがいい曲ぞろい
posted by 五人坊主 at 18:05| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2024年05月15日

しらない合図しらせる子

相互主観性の問題、本当のところ人のことはよくわからない、自分のことさえ?



その何か移ろう姿の跡形って誰になるの?
わかった理由はゆったり転がった
もう帰るか去ろう


(しらいない合図しらせる子 agre you asshole)
posted by 五人坊主 at 20:51| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2024年05月02日

ペーパークラフト

仕事として一つのことを何十年とやり続ける、ということが難しいご時世、スポーツや芸能ではこれぞプロ、というのがわかりやすいが、他の分野では、転職が当たり前、習得に時間のかかるような仕事はやり手が少なくなり成り立たたなくなってきている、ネット、ユーチューブ、さてはAIなどで、素人でもそれなりのことができるので、プロと素人の差がなくなってきている、それはよい面もあり、残念な面もあり。それでもやはり皆どこかでプロならではの仕事をもとめているようでもあり。

”朝もやがたちこめる通り
遠くにかすかに見える立派な建物
耳をすますと足音とともに
一列になってこちらに向かってくる人たち

話しかけても
横に回ればただの線
仲良くしても
横に回ればただの線
話し込んでも
横に回ればただの線

すべてが簡単にやぶけそう
でも意外と丈夫に出来ている
すべてが簡単に飛んでいきそう
でも意外とちゃんとできている
すべてが簡単に倒れそう
でも意外とうまくできている

紙の街 紙の家 紙の人

きれいな庭に かっこいい車
目の前にある立派な建物
耳をすますと
楽器をならすバンドの音

きれいな街並みも
横に回ればただの線
きれいな花も
横に回ればただの線
あの山も
横に回ればただの線

すべてが簡単にやぶけそう
でも意外と丈夫に出来ている
すべてが簡単に飛んでいきそう
でも意外とちゃんとできている
すべてが簡単に倒れそう
でも意外とうまくできている

紙の街 紙の家 紙の人
紙の街 紙の家 紙の人”
(ペーパークラフト agre you asshole)

オウガの曲、情熱的というのでもなく、シニカル、というのでもなく、ひたすら表現をもとめるような感じがいい
posted by 五人坊主 at 20:47| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする