2017年02月17日

土と内臓

『土と内臓』(D・モントゴメリー+A・ビクレー著)はタイトルが秀逸だと思う。原題は“The Hidden Half of Nature:The Microbial Roots of Life and Health”なので、邦題は訳者(出版社)が結構大胆に書き換えたといえるが、これがはまっているように思う。原題をそのまま訳していれば、あるいは手にとることもなかったかもしれない。
この本は専門書ではなく、微生物と人との関係を網羅的に広く適度に深く紹介し、最新の知見からこれからの微生物と人とのかかわりを、特に農業(土と植物)と医療(食と身体)の分野から展望しようとしており、微生物に関して素人からある程度知見のある人までどんな人でも読めるような類の本になっている。
顕微鏡の発明に伴う微生物の発見から、微生物に対する人の認識・扱い方の歴史的変遷もまとめられているが、発見以来数十年前までは、どちらかというと人にとっても植物にとっても病気の素という見方が優勢で、長らく退治・排除するべき対象という存在であった(かなり以前から微生物の重要性・有用性を訴えるマイノリティーはいたとして)。その結果として抗生物質や農薬が数多くつくられ、大きな成果を上げてきた一方で、抗生物質の耐性菌の問題や薬剤耐性を持った病害虫の増加なども問題となってきている。近年の土壌微生物や腸内細菌の研究の発展から、微生物の働きが植物(生態系)や人にとって欠くことのできない役割を果たしていることが明らかになってきており、これまでの厄介な“ばい菌”的認識は改められていくであろうし、新たな知見に基づく農業や医療分野への応用が今後ますます活発になっていくことが予感される内容になっている。
土壌(農業、植物生理)、医療のそれぞれの分野ごとに、微生物の観点から書かれた専門書は多々あると思う。一方で、最近明らかになってきている科学的知見を踏まえて双方を網羅的に把握しようという本はあまりないと思う。興味深い最近の知見が多々書かれていてとても要約しきれないが、私がとりわけこの本が独特であり良書であると思うポイントは以下のようなものだ。

1.植物の根圏と人の腸内との相似性が明らかにされている
2.庭いじりと家庭菜園にかかわった実体験から土壌に対する興味をもち、それに基づいて知見を広げていった過程と、自らガンにかかった経験から食べ物-腸内の生態系に興味を持ち知見を広げていった過程がそれぞれ書かれていることで、各分野の専門的知見がリアルな“人存在”から遊離していない(客観的な事実や知見の記述だけでなく、かといって主観的・恣意的な記述になってしまっていない)
3.微生物に対する人のとらえ方の歴史を俯瞰することで、微生物・人・植物・生態系にたいする高次元・立体的なとらえ方ができるようになっている(それぞれの細部・専門性は薄くなったとしても)
4.文学性がある(比喩が多過ぎてかえってわかりずらくしているところもあるが)

とりわけ1.に関しては、植物の根圏と人間の腸内の間の興味深い相似性が何点か明らかにされている。
①栄養摂取に関する微生物の働き
②免疫・防御に関する微生物の働き
③相互依存・共生のしかた
④微生物の種類の相似性
⑤根と腸の形態的相似性
などをあげることができる。

①に関して。自然の植物は、必要とする養分の多くを土から直接吸収できるわけではない。分子が大きすぎたり、他の分子とくっついているがために吸収できなかったり、水に溶けない状態で存在していたりするからだが、微生物は大きな分子を細かくしたり不溶性の物質を可溶性にしたりすることで、植物は栄養を吸収することができる。同様に人が食べたものも、人が分泌する胃酸や消化酵素だけで吸収されるまでに細かくなるものとそうでないものがあり、大腸に多く住む微生物によってはじめて分解吸収される栄養素のなかには人の健康においてきわめて重要なものが多くある。
②に関して。植物の病害虫に対する防御反応や人の疾病にたいする免疫反応に微生物が深くかかわっており、それぞれ微生物なしでは人も植物も病害虫に対して極めて脆弱な存在である。とりわけ人の免疫反応において、過剰な防御反応が引き起こす自己免疫疾患や慢性疾患(糖尿病など)などは、腸内環境、微生物のバランスを改善することで症状が大幅に良くなることが明らかになってきている。
③人も植物も、自らにとって有用な微生物を囲っておくために、微生物のエサとなる物質を根や腸から滲出させ、住みかとなる場所を提供する。そして、根においても腸においても表面の細胞では微生物は半ば植物や人の体内に入り込み、半ば外に出ておりという感じで存在している。そのように存在しながら養分を供給したり免疫系にかかわったりしているものがある。
免疫学者の多田富雄さんの著書で、人の免疫系から見た“自己”とはなにか、という科学的―哲学的な内容の本があったが、このような植物や人の体表・境界に存在している微生物は自己―非自己の境界にいるような存在だといえる(少なくとも免疫系はある種の常在菌を自己として認識していることになる)。
④根圏にいる微生物も腸内にいる微生物も、いずれも腐生菌(死んだ植物を栄養源にする菌)の系統に属するものが多い。いずれも高分子の複合糖質を栄養源として、植物においては有用な有機酸やアミノ酸をつくり、人においては有用な乳酸や単鎖脂肪酸をつくり、植物や人の成長・健康に役立っている。
⑤"植物の根を、根圏も何もかも一緒に裏返したとすれば、それが消化管に似ていることに気づくだろう。"
まったく同様のことを解剖学者の三木茂夫が本で書いていたと思う。発生学的にみると、動物の受精卵は細胞分裂を繰り返す中で胚表面が内側に陥入して反対側に突き出る。この陥入の入り口側が口となり、出口側が肛門となるのだが、この内側に入り込んだ内臓部分は植物の根に相当することを指摘していたように思う。また三木茂夫は、交感神経系-体壁系が頭(理性など)と深く結びついているのに対して、人の心はこの自律神経系-内臓部分と深く結びついていることを指摘していたが、この本の最後のほうに次のようなことが書かれていた。
"(大腸に住む微生物のあるものが)人間の感情をつかさどる神経伝達物質セロトニンを作れるなどと、誰が考えただろう。私たちの腸内細菌が、神経系と情報伝達をしているというだけでなく、人間の感情の状態は腸内細菌に ―そしてそれが作り出す代謝産物のスペクトルに― 影響されうるのだ"

最後に、うまくまとめるのが大変なので引用で済まします。
"農業害虫の復活、土壌肥沃度の低下、危機的レベルの抗生物質耐性菌の出現、寿命を縮める慢性疾患、これらはすべて無関係に見えるが、根の部分は微生物生態系の攪乱でつながっている -
生態学者のあいだで有名な偶像的人物、アルド・レオポルトは、オオカミを撲滅することが名案だと考えられたとき、(アメリカ)南西部の植生に何が起きたかを見ていた。シカの個体数が爆発的に増えて森を食べつくした。土地は丸裸になり、シカの餌が足りなくなった。牧場主や野生生物担当の政府職員は、肉食獣を撃てば土壌が侵食され、シカが餓死するなどとは考えてもみなかった。
こうしたことは微生物の扱いにとって何を意味するだろうか。見方を育てながら、人間、作物、家畜を害虫や病原菌から守る、新しい方法を見つけ出さなければならないということだ。私たちは、生態学者の精神、園芸家の気配り、医師の技術をあわせ持つ必要がある。自然の隠れた半分と協力することで、一見無関係な幅広い環境問題と健康問題に対処できる意外な―そして意外にも効果的な―方法への道が見えてくるからだ"
posted by 五人坊主 at 17:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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