2018年08月15日

熱海の奇跡

『熱海の奇跡 いかにして活気を取り戻したのか』は、熱海出身の市来広一郎氏が書かれた本。ネットで著者の市来氏の記事を読んで、興味を持って購入。“かつての熱海の衰退は、日本全国の地方の衰退と同じ構造で起こった”と本書に書かれているが、ネットの記事から熱海の街の回復への取り組みは、日本の他の地方においても参考になることが多々あるように感じた。

著者は学生時代に熱海の街の衰退を目の当たりにし、一度は外資系のコンサルタント会社に就職するも、やはり熱海の街の再生が自らの使命だと一念発起して熱海にUターン。その後これまでの10数年間に街の再生に尽力してきた道のりが記されている。なお氏の活動は現在進行形であり、まだ道半ばという感じで書かれている。著者は1977年生まれなので私より少し若い。
30年前くらいまでは観光地、保養地として大いに盛っていた熱海。それが80年代のいわゆるバブル期の終焉とともに一気に衰退していく。観光客は激減、メイン通りはシャッター街になり、人口の流出、高齢化が止まらない。地元の人が熱海には“見るべきもの、魅力はなにもない”と感じ、将来を悲観している。

そんな状況において、著者はビジネスの手法で、民間が主導で街を再生していくことを目指す。“リノベーションまちづくり”とうたっているが、熱海には衰退する中で空き店舗(店、ビルなど)となっている不動産が多々あることから、それらをあらたな視点から再活用することが活動の柱となっている。また、不動産だけではなく、熱海がかつて繁栄するに至った歴史や栄えていたころの文化といったソフト的な面からも“リノベーション”を行っているといえる。

“まちづくりは街のファンをつくることから”とある。熱海の街を再び活気ある街にするために、著者は第一に地元の人が地元に対して肯定的になること、地元の人に地元の魅力を知ってもらうことが必要だと考え、各種の体験イベントを数多く行っている(熱海温泉玉手箱―通称“オンたま”)。数々の体験イベントを通して、地元にこんな面白い場所があるのか、魅力的な人がいるのか、ということが地元の人たちに見いだされ、地元に対する見方が変わっていく過程が記されている。

不動産の“リノベーション”の活動として、著者は自ら空き物件を活用して喫茶店、ゲストハウスを運営すると共に、不動産のメンテナンスを合理化する事業や中古物件を仲介する事業を手掛けている。“街づくり”をうたいながらも、あくまで経営として成り立つ事業でなければならない、という信念を著者はもっている。補助金や誰かからの出資金頼みではなく、事業として持続可能でなければ継続・発展は望めない。
喫茶店は街を変えるきっかけの場となり、ゲストハウスはビジネスとして成り立ちうる事業としつつ、地域外のひとが気軽に熱海を訪れ、さらにリピーターとなる拠点としての役割を持つようになっていっている。ゲストハウスでは、近所の干物屋で購入した干物を自ら焼いて食べるスペースがあったり、泊り客どうしや地元の人との交流が行える飲み屋スペースがあったりする。著者は今後空き物件を活用してゲストハウスを市内に点在させ、それらが連携することでさらに多くの観光客や街のファン(リピーター)を増やす構想を持っている。

“クリエイティブな30代に選ばれる街”にすることを、熱海の中心市街地(熱海銀座)の将来のビジョンに掲げている。自分の仕事や暮らしを自分で作っていくときに一番チャレンジしやすい世代であること、他の世代への波及効果が高いことなどが30代を掲げる理由としてある。そして上記に挙げた活動や、商店街を定期的に歩行者天国にしてマルシェ(海辺のあたみマルシェ)を行うなどの活動を通して、実際に若い世代のクリエーターや事業主が熱海に活動拠点を持つようになってきている。マルシェは、熱海で新規に事業を行いたい人のきっかけ・テストの場となっている。一方で、空き物件の一つを共有ワーキングスペースとすることで、そこを拠点にして事業を行う人たちも出てきている。このワーキングスペース(naedoco)は、法人を登記するときの住所としてもよく、実際にそこを事業所の拠点や支店としている法人も出てきている。

彼らの活動に沿う形で行政も動き出している。行政が主導で「ATAMI2030会議―熱海リノベーションまちづくり検討委員会」が2か月に1回行われるようになっている。2030年の熱海を自分たちで作り上げていこう、具体像を描いていこうという趣旨で、だれでも参加できるものとなっている。行政主催の会議がえてして口だけの人が集まったり苦情ばかりになったりしがちなのに対して、この会議は毎回熱気ある前向きなものとなっているようである。

また、「創業支援プログラム99℃(99℃ーStartup Program for ATAMI2030)」を毎週行っており、起業に向けた勉強会、プレゼンテーション、事業のブラッシュアップを行う場となっている。“このプログラムでは地域の経営者や金融機関などの方々にも関わってもらう場を設けています。また、海辺のあたみマルシェのような場に参加してもらい、顧客と出会い実際に商売を実践する場を提供したり、また私たちの管理する物件でテスト的に運営する機会をつくったりもして、実践を後押しすることをおこなっています” “起業したい人に補助金をつけたり、人件費を出したりという施策が全国各地でありますが、これでは起業家は育ちません。自ら事業をつくりあげる、それを後押しする取り組みこそをしていく必要があるのです。” “創業支援によって2030年までに熱海に新しい企業を100社以上誕生させ、売り上げのトータルで数百億円以上の産業をつくる。これが私の目標です“

この本に書かれている方法論は、とりわけ新しいものではないかもしれない。ここに挙げられているような活動の一つ一つは、これまでにもどこかで行われているような類のものだと思う。一方で、これだけ多面的に、網羅的に活動を行い、それら一つ一つを有機的につなげて発展させていけているのは驚異的に感じる。著者の論理的—感覚的な方法論と情熱と行動力が一つのきっかけとなって地域を動かしていったことが本を通じて感じられる。真似しようと思ってもまねできるようなものではないかもしれないが、著者の取組によって地域再生・地域振興における一つの可能性が示されていることはたしかだと思う。

“街を変えることには時間がかかります。だからこそ、楽しく続けていくことが大事です。そのためには、稼ぐことに向き合うことが大事だと考えています
ー 時間はかかりますが、思い描いたものを実現していくことはできます。たった一人から始めても地域は変わりうるのです。たった一人のちからでは何も変えられませんが、たった一人からでも立ち上がれば、共感してくれる人たちが現れるからです
ー 何か問題や、逆に可能性に気づいてしまったら動き出してみてください。気づいてしまったものの責任というものもあると思っています。その責任を引き受けてみてください。すると引き受けた責任以上の価値を受け取れるのではないかと思います
ー そして未来を、ビジョンを描いてみてください。できるだけ大きなビジョンを。考えるのは自由です。未来を妄想する力も大事だと思っています”


posted by 五人坊主 at 17:39| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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