2016年11月10日

家族のゆくえ

私はいま保育園の保護者会の役員をやっている。先日、保護者と保育園と行政(村長、保健福祉課課長、担当係)との懇談会があった。懇談会の趣旨は、保護者サイドから保育園事業にかかわる要望や問題を行政に伝え返答を得ること、保育園事業に対しての行政として方向性や考えをうかがうこと、など。保護者であればだれでも参加できるのだが、役員の保護者が数名参加するのみだった、私も役員でなければ参加しなかっただろう。 その中で、保育園の通常の保育(平日9時から4時まで)以外に行われる"延長保育"が話題になった。現在行われている延長保育は、朝と夕方の1~2時間、土曜日の半日。年々要望が増えてきて、平日の夕方延長保育を利用している子供は、全体の4割近くに上り、年々増加してきているとのこと。行政の担当者の話では、近隣の市では365日保育(利用者は曜日に関係なく1週間のうちの5日子供を保育園に預けられるというやり方)が行われていたり、0歳児保育(実際に生後2か月の乳児が預けられていたそうな)が行われていたりしているという。このままではコンビニ状態(24時間365日保育)になるのではないかと役場担当者は冗談とも本気とも取れない感じで言っていた。また、行政では「子育て支援」として保育料の補助を行ったり格安での延長保育を行っているのであるが、これでは親の「就労支援」をしているようなもので「子育て支援」になっていないとこぼしていた。さらに、保育園の実状としては、延長保育を行いたくても保育士がいない。保育士の有資格者は大勢いるかもしれないが、ほとんどの人が民間企業へ行ってしまって現在の保育士の待遇では人が集まらないという。
一方で、今日のニュースでは老人介護の人手不足から、外国人介護士の就労を認める法的措置が認められたとが伝えられていた。

『家族のゆくえ』(吉本隆明)のなかで、冒頭「家庭の幸福は諸悪のもと」という太宰の言葉が引用されている。この太宰特有の逆説・アイロニー的言葉(思想)が、いまや逆説・アイロニーとして一まわりまわった意味合いではなくストレートに世情を表現していると思えてくる。子供を保育園・幼稚園に預けざるを得ない事情、介護が必要な親を預けなければならない事情は当然それぞれあるはずであり、多くのひとは「やむなく」やっていることだということはよくわかる気がする。自身もそういったことを批判できる立場にはない。しかし、保育園のコンビニ化、老人介護をするのは外国人ばかり、といった状況を思うと「世界の終わりは近い」(宮崎駿)という気がしてきてしまう。

"わたしは、子育てのかんどころは2か所しかないとおもっている。そのうちの一か所が胎内7~8か月あたりから満一歳半ぐらいまでの「乳幼児期」、もう一か所は「少年少女期」から「前思春期」にかけての時期だ。この二か所で、母親あるいは母親代理が真剣な育て方をすれば、まず家庭内暴力、けた外れの少年殺傷事件のような深刻な事態には立ち至ることはないとおもえる。もちろん、悪ガキというか悪童ぐらいにはなるかもしれないが、しかし、いきなり他人を刺してしまったり、あるいは親を殺したりということまでには至らないはずだ。
ところが、これほど重要なふたつの時期のうちのひとつ、つまり胎内7~8か月から満一歳半ぐらいまでの乳児の世話をする母親が、気が進まないまま子供を産んだ結果、「赤ちゃんの世話をするなんて面倒だ」とか「一年の空白ができてしまうじゃないの」という思いにとらわれるとすれば、その影響は深刻だと言わざるをえない。この時期の子供には母親の愛情をたっぷり注がなければいけないのに、肝心の母親が「面倒だ」とか「厄介だ」という思いで赤ちゃんに接したとすれば、それこそ、もうあとになっては取り返しのつかないような悪影響がでてしまう"
この考え方については『母型論』(吉本隆明)の中で詳しく論じられてる。これは「心」の問題、「精神」の問題について吉本氏が考え抜いたうえでの一つの結論だといえる。

現状からすれば、家庭外保育の低年齢化、長時間化のながれは容易に変わることはないと思う。ただ、どこかでどん詰まりがくることは確かなような気がする。「女性が活躍する社会を」というのは、それはそれで大切なことだと思う一方で、"子育ての勘どころ"におけるケアを最重要課題にすえた家庭のあり様、働き方、行政の施策を真剣に考えていかなければならないように思う次第。
posted by 五人坊主 at 21:55| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

GRIT やり抜く力

『やり抜く力(grit)』 この本の著者(アンジェラ・ダックワース)が研究によって突き止め、この本で記したいことを冒頭著者が簡潔に述べている。― 人生でなにを成し遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い -
gritを辞書でみれば、「根性」なんていう訳があるが、著者は「やり抜く力grit」を「情熱」と「粘り強さ」という2つの要因の合わさったものとして考えている。それにしても、そんなことは以前から言われていることだし、昨今はむしろ物事を成し遂げるためには「データ」や「情報」や「科学的手法」の方を重要視する傾向があるように思う。なぜ今更「根性論」みたいなことが言われだしているのか。(この本は海外で話題となっているようだし、おそらく日本でも近いうちに話題となることは間違いないように思う)

本を読み進めると、著者の功績は、いわゆる「根性論」みたいなものを、一つの「理論」といえるところまでもっていったことにあることがわかる。「理論とは説明だ。理論を打ち立てるには、膨大な量の事実と観察結果が必要であり、なにがどうなっているかを、もっと平易な言葉で説明しなければならない。だから理論というのは必然的に、複雑なものごとを極度に簡略化・単純化したものだ。」と前置きしたうえで、「偉大な達成を導く方程式」を2つ示している。

<才能×努力=スキル> <スキル×努力=達成>

ポイントは、才能は一度出てくるだけだが、努力は2回出てくるところにある。才能よりも努力の要素が2倍重要だと言えるし、たとえ才能の値が小さかったとしても努力で挽回できる余地が大いにあるということになる。

著者はグリットの強さをを測定可能なものとして、グリット・スケールなるものを用いて調査を行っている。グリット・スケールには、簡潔な質問が10項目あり、各項目で5段階評価をするようになっている。総合点を10で割って平均何点かでその人の情熱と粘り強さ(グリット)がどの程度のものかわかるという。
グリットスケールの適用例として、陸軍士官学校の例がある。アメリカの陸軍士官学校といえば全米のエリートが集まるところで、そこに入学することは難関中の難関のようだ。しかし、せっかく入学しても5人に1名は中退してしまうらしい。学業における成績、リーダーとしての資質、体力測定など、厳しい選考基準を通ることのできた一握りのエリート達のはずなのに。著者は、この陸軍士官学校で入学生にグリットスケールを用いた調査を行い、「訓練を耐え抜いた者たちと、脱落した者たちでは、スコアの差が如実に表れていることがわかった」とし、訓練を耐え抜けるかどうかを判断するうえで「"体力、学力、適正"の違いは問題にならない」と言い切っている。
陸軍士官学校の例のほか、大学進学者や中退者とグリッドスケールの値との相関、グリーンベレーでの調査例、スポーツ選手での例など様々な調査例を出して、"グリット"と"達成"との相関を明らかにしようとしている。この本では明記されていないが、陸軍士官学校ではおそらくグリットスケールは取り入れられているであろうし、マイクロソフトやグーグルなどの企業でも採用試験でこの種の評価を行っているようだ。日本の企業や学校でも、グリットスケールもしくはこの手の評価基準が取り入れられていくことは自然の法則のように確実だと思える。
最終章には「-人生のマラソンで真に成功する」「"やり抜く力"が強いほど"幸福感"もつよい」といった小見出しがあるように、なにもオリンピック選手を目指したり陸軍士官学校の訓練を耐え抜くためでなくとも、「グリット」を強くすることは誰にとっても有益だとしている。
本の中には、「グリット」を内側から伸ばす方法、外側から伸ばす方法などについても多く書かれている。この辺りは多くのハウツー本と大差ないといえるかもしれないが、心理学者、社会学者としての広範な知見に基づいて書かれており、参考になることが大いにあった。

― 「やり抜く力」が強いということは、
     一歩ずつでも前に進むこと。
     興味のある重要な目標に、粘り強く取り組むこと
     厳しい練習を毎日、何年間も続けること
     7回転んだら8回起き上がること

最終章にあったまとめ的なことを書いてみたが、書いてみるとあまりたいしたことは言っていないようにも見える。ただ、全体を通して言葉が力強く説得力のある内容になっている。

私は太宰の「自分には才能なんてない、痴の一念で(小説を)書いているんだ」という考えや、「やりたいこと、なりたいものがあれば10年間毎日やること。そうすればたいていのことはできるようになる。才能なんて問題にならない」ということを言っていた吉本隆明のような考えが自分は好きで、実際そういうつもりで今の仕事を続けてきた。だからこの「グリット」という考え方は非常に理解できるように思うし、より一般的になっていくことはいいことだと思う。
一方で、それがひとつの評価基準となって普及していくことにたいしてはある種の抵抗感がないわけではない、そんなもので測られて選考されたり振り分けられたりしてたまるか、というような。ただ、そういった問題はこの本の内容より当分先の課題であり、分野を問わずどんな新しい知見にも伴う課題であるように思う。

gromit-knits.jpg
※これは"グルミット"


posted by 五人坊主 at 16:50| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

Nothing compares to you

20年来、自他ともに認める殿下(プリンス)のファンですが、今日は特別な日になってしまいました―
渋谷陽一氏、西寺郷太氏などが彼についてはたくさん書いたり言ったりしてるので、今更付け加えることもないのでしょうが、まさかのエンドラン(最新アルバム"hittn run")でゲームセットなんて冗談きついなー

キレキレだった80sのアルバムをネタになにか書きたいとずっと思っていましたが、また落ち着いたら考えます―
posted by 五人坊主 at 22:43| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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