2014年12月31日

百年の孤独

〝ところがある日、彼女が桃の缶詰を開けようとして指にけがをすると、彼がすっ飛んできて、夢中になって、むさぼるように血を吸いだした。彼女は全身がそそけ立った。
「アウレリャノ」と、気もそぞろに、笑顔をつくって言った。「あんたみたいに性悪な人間は、立派な蝙蝠にはなれないわよ!」
 それを聞いてアウレリャノは自制心を失った。傷ついた手のくぼみにやたらキスをしながら、その心臓のもっとも奥まった箇所を開いて、きりもなく長い裂けた臓物を、苦悩のなかで養ってきた寄生虫を引っ張り出して見せた。真夜中に起きだして、わびしさと腹立たしさのあまり、彼女が浴室に干している下着に顔をうずめて泣くことがある、と話した。-また、飢えのために春をひさぐ小娘たちの首のあたりに振りかけるため、いかに巧みに彼女の香水瓶を盗み出したかを白状した-〟

日本全国に約300名いるマルケス主義者のなかの一人として、いつかは何か取り上げてみたいと思いつつ、何か評するよりはどんな短編でもいいから一度何かを読んでみた方がいい、そんな作家であることは他のマルケストも同意するところに違いない。殊に『百年の孤独』は評しずらい。自分が何か本を取り上げるとすれば、その本の中のどこか象徴的な場面や文章を引用するところを糸口として何か書いていくのがやりやすいと思うのだが、この本は巨大なキャンパスに一面細密かつシュールレアリスティックな描写がなされている絵画のようなもので、どこをとっても隙なく見事に描かれているし、全体を一括して評するにはあまりに大きく焦点を合わせずらい。テーマは、他のマルケスの作品(『愛、その他悪霊について』『これらの時代の愛』『エレンディラ』等)と同様に「愛」と「孤独」といえばいえる。ただ、これらの言葉ほどあいまいで観念的なものはないので、「愛」だ「孤独」だといって評したところで何も言っていないに等しい -この本全体を読み終えたときに初めて自らの中の「愛」や「孤独」という靄に何かが加わるかあるいは変質させるかする類のものだと- そして、この本に限らず、彼の4次元的なリアリズム(マジックリアリズム)と文章・表現自体が、テーマもしくはストーリーとは別に作品に読者を引きつける大きな力となっており、マルケス作品の世界-この世の重力や空気や時間の流れと微妙にずれる独特の世界-に引き込まれそこにとどまることが一種の悦楽となっていく・・・で、どのページをとってもそれら絶妙な表現=世界に浸れるために何か評すること自体が無意味に感じられてしまうということになる。彼の文章の特徴の一つは、ストーリーやテーマからすると重要にに思われるような場面でも、どうでもいいような場面でも、同じような比重で描かれている(というよりむしろどうでもいいようなことを執拗に描写したりしていることが多々ある)ことにある-それは、彼が本を書くモチーフが、ストーリーやテーマを描くことより、むしろ描写そのもの、文章そのものをいかに描き組み合わせ、匂い・光・郷愁・悲哀・絶望などの感覚を立ち上らせることができるかという点にあるとさえ感じられる(『族長の秋』などはその傾向が一層強いが)- というわけで、適当に目に留まった文章を2つ引用することで、うかつに始めてしまったこの本の評に切をつけることにしよう-
と思いつつ。十数年ぶりに『百年の孤独』を読み終えて、イメージが消えてしまわないうちに何か書かないとと思い、思いつくままに書いてみたものの、信州大学農学部ロシア文学科を卒業したものとして、これでは全然言い足りていない気がしてきた。吉本隆明の『超西洋的まで』のなかに「ドストエフスキーのアジア的ということ」という評論がある。吉本隆明は、ヘーゲル-マルクスがしめした、制度-経済(産業)様式の発展段階としての〝アジア的〟という概念を、自分なりに〝心-信の構造〟とでもいうようなものとして敷衍していっている。ドストエフスキーの描く世界は、当時の西洋的知の前線から、ミール共同体的な後進性を引きずったロシアの人間模様・心的有様を描いていると言え、そのような人間模様=アジア的人間模様においては、西洋的先進性からすれば無知蒙昧がはびこっているといえる一方で、不可解ともいえる〝偉大さ〟が共存している点が吉本隆明によって指摘されていたように記憶する。西洋的知の最前線からマルケスが描くコロンビアやベネズエラの風土を元にしている世界は、まさにこのような〝無知蒙昧〟と〝偉大さ〟が混然としたものとして作られている。それが〝アジア的〟といえるかどうかは別として、マルケスは、先進西洋性がとりこぼしていってしまったもの、結果として人間存在の〝偉大さ〟を細らせていってしまったものをアイロニー的に描いているともいえ、〝超西洋的まで〟という言葉で吉本隆明が表したかったモチーフと重なるところがあるように思える-
引用をしようといくつか適当な箇所を書いてみたものの、部分をとってきてもどうもあまりよくないので引用はやめて、また気が向いたときになにかしら書き足していくことにします-

posted by 五人坊主 at 21:56| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

幅と深さ 

私は幅を求めない
深さを求める
私は学校の先生だ それっきりの者だ
しかし 私がそこで掘っただけのものに
手の届く者は 誰でも来い

NHKのEテレでたまたま見た宮芳平特集
駆け出しの宮が渾身の画を帝展に出展した際、落選したのが納得できずに
審査員をしていた森鴎外のところへ説明をもとめて出かけて行ったというエピソードが紹介された。
「私は君の絵に何の不満もない。問題は、きみが何を能くするかだ」
といったこと鴎外が答えたらしい。
それ以降、鴎外と宮との交流は続き、鴎外は2つの宮の絵を自宅に飾っていたという。
画が、というより、このエピソードが引っ掛かっていた。
県内で宮芳平の特別展をやっている、今日までだった。是非見ておきたかった。

大きな原画をいくつも観ながら、なぜこのモチーフを?、なぜこの構図で?、なぜこの描き方で?と納得できないものがいくつもあった。一通り見終わってから、絵葉書になった同じ絵を見て、はじめてそれらが納得できるものがあった、というくらい、自分は画に疎い。
生涯画壇の表舞台にでることなく、経済的にはギリギリで描いていたという。
展示のなかには、せめて生活の糧にと、絵葉書用に描いたというペン画もあった
(結局絵葉書として日の目を見ることなく〝お蔵入り〟になっていたらしい)
本人にしてみれば〝余技〟として描いたというものかもしれないが、はるかに〝余技〟の域を超えている、
というか、画に疎い自分にはこちらの方が画の技量のレベルがわかりやすかった。

画の合間に、詩が添えてあるものがあった。
本人は〝詩〟ではないというようなことを書いていたが、詩のように書かれている。
詩としては、あまりに素直というか率直な表現かもしれない
詩を専門に書く人であれば、おそらくこうストレートには表現しないかもしれない
が、その核にある、地味だが熱い力強いなにかは十分に伝わってきた。
その核にあるものは、画でも同様だといえる
(自分の場合、言葉からのほうが入っていきやすい)


どんな事があっても

どんな事があっても 絵具を絶やすな
その匂いを仕事場の中から消すな
絵具で汚れた手を
シャボンで洗わない日をあらしめるな
それがどんなに高価であっても
俺が どんなに窮迫していても
その贅沢は なさなければならない贅沢だ


描きかけの絵

閉口し 困却し
結局は絵描きを止めたいような気持になって
黄昏の中を帰る自分ではあるが
明日の朝 俺を早く起こして呉れるのは
その描きかけの絵だ


帰り際に、画集ではなく詩集を買った。
彼にとっての画を描くことは、自分にとっての今の仕事と変わりない
と強く感じながら読んでいる

posted by 五人坊主 at 22:30| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

変身

2014815gulegolu.jpg
グレゴール1

2014815gulegoru2.jpg
グレゴール2


posted by 五人坊主 at 20:49| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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